スタッフブログ「アスカのこころ」

スタッフブログ「アスカのこころ」― アスカグループ・スタッフによるブログ。ご葬儀に関すること、サービスのこと、日々の業務の中で感じたことなど、発信してまいります。

あれから2年(アスカ全社員・黙祷)

東日本大震災から2年が経過しました。あの日から2年・・。

「2011年3月11日14時46分18秒」

私達日本人にとって、忘れられない、忘れてはいけない日です。

昨年、若き店長からの提案で始まった、被災地に向けてのアスカ全社員による黙祷。今年も、全ての社員が、この震災で犠牲となられた人々を思い、黙祷を捧げました。

2012年夏・復興への想い(2)

向かって左から3人目がDJ KOUSAKUさん
向かって左から3人目がDJ KOUSAKUさん

今回の支援活動には、何とbayfmで放送中の東日本大震災復興支援番組、「DJ KOUSAKUのHEART LUCK」のパーソナリティー、DJ KOUSAKUさんが参加して下さいました。

KOUSAKUさんも、震災直後から十三浜の直ぐ近くで支援活動をされていたそうで、あの状況の中で、きっと何度もすれ違っていたのかも知れません。

それにしてもKOUSAKUさん、イイ体格です!! 一緒に薪割りに参加して頂きましたが、もの凄くパワフル!!野球部で鍛えたという体は、プロレスラー並みの筋肉です。その体力とパワーで、黙々と薪割り作業をこなしていました。


2日目の朝。作業開始前に、佐々木力さんが現地の被災状況を説明してくださいました。

淡々と話す佐々木さん。「彼の言葉には、重過ぎる悲しみが隠れていたね」帰社後、社長がポツリと漏らした一言もまた、とてもとても重い言葉でした。

この地域には、28世帯の家族が住んでいたそうです。津波で流され、残ったのは佐々木さんの家だけ。

家と言っても、母屋は流され、鉄骨倉庫がかろうじて残り、屋根のはるか上まで浸水したその倉庫の2階が、佐々木さんの住居です。建物のいたる所に、災害の爪痕が、今も生々しく残っています。

寒さを心配する私達に、「最近窓ガラスが入りましたからね~ 今年の冬は暖かですよ!」と明るく応える佐々木さん。前向きな人の強さを改めて感じました。

2012年夏・復興への想い(1) 

震災直後から継続支援している十三浜の佐々木さん宅

8月末の早朝のこと。千葉(鴨川)を発し、被災地支援活動の為に宮城に向かいました。館山道からアクアラインを経て、首都高から東北道のルート。目に入る景色は、いつもの町、いつもの渋滞。このルートを通って、宮城県石巻の被災地に行くのが何度目になるのか。もう数えることが出来ません。震災から1年5ヶ月(当時)が経過し、東北自動車道を走る車の中に、自衛隊の車は見られなくなりました。

約7時間半の道程を経て、目的地に到着です。

宮城県石巻市北上町十三浜。私にとっては第2の故郷の様に感じます。今年の春、アスカの社員が種まきを手伝ったひまわりが元気に咲いています。塩害の影響で生育が危ぶまれたひまわり。少々小ぶりながら、海に向かって凛と咲いています。まるで「どうだ!!」と言わんばかり。

アスカ支援チーム
足場の悪い崖での作業は2人1組

今回の活動には、社長以下8名が参加しました。

未だ、そこいら中に転がる瓦礫を片付け、津波を被って立ち枯れしている危険な樹木を伐採します。

自然の強烈な力を感じながら、無数に立ち枯れている樹木を、エンジンチェーンソーを使って切り倒して行きます。切り倒した樹木は更に細かく切断し、薪として使います。今でも薪ストーブ以外の暖房設備が無い、佐々木さん宅。薪は大切な燃料です。

膨大な数の伐採樹木

それにしても、寒さの厳しい東北の冬を乗り切るには、膨大な量の薪が必要です。佐々木さん宅では、暖をとるにも、風呂(露天ですが)を沸かすにも薪が必要です。昨年はGW過ぎまで寒さが続いていました。震災から2回目の冬を前に、被災地では冬を越す為の準備が始まっていました。

DJ KOUSAKUさん来社

先日、bayfmの人気パーソナリティー、DJ KOUSAKUさんがお越しになりました。

DJ KOUSAKUさん(左)と

 

毎週土曜日午前6時30分から、約1時間20分に渡って放送される、東日本大震災復興支援番組「DJ KOUSAKUのHEARTLUCK」では、震災から1年5ヶ月を経過した今もなお、積極的に被災地支援を行っているKOUSAKUさんのパワフルな活動を中心に、様々な支援活動を紹介している番組。
恐らく、国内で唯一震災特集番組としてレギュラー放送されている番組ではないでしょうか。

時間も経過し、震災被害に対しては終息感を感じます。
しかし、被災地では・・・

KOUSAKUさんのお話しからも、被災地は未だにとても厳しい状況にあることが分かります。

アスカでは引き続き、被災地支援を積極的に継続して行きます。

「まるグル」で安房1000人鍋と写真展(4)

おーっ 快晴だー!!

6月10日日曜日 午前5時

宿舎の窓を恐る恐る開けてみると、早朝にも関わらず、眩く輝くお日様の光が、道路に残った水たまりに反射してキラキラと輝いています。

早速出発準備を整え、すぐさまQVCマリンフィールドへ!!

快晴のQVCマリンフィールド

どうです、このお天気!昨日の雨がウソの様です。

人の動きはお天気に左右されますね。

昨日とは比較にならないほどの人が、開演前から会場に詰めかけています。

相変わらずカニ臭い大鍋奉行の号令で準備開始です。

それにしても凄い人出です。

午前10時開演と同時に、安房1000人鍋は長蛇の列。他の出店者さんブースにも、今日は沢山の来場者が集まっています。

お隣のブースには、メチャメチャ陽気なトルコ人(?)スタッフが、ラテン系のノリで来場者に声を掛けまくっています。

昨日とは明らかに異なる活気に後押しされて、アスカ・なのはな隊合同チームもヤル気満々!

時間と共に気温もグングン上昇していますが、熱いカニ汁は大人気。

何と、開始3時間半で用意した1000人分の容器が無くなり、急きょ近くのホームセンターで器を買占めましたがそれでも足りず、紙コップまで集めて1400人の方々に安房1000人鍋を振る舞いました。

9日・10日の2日間でお配りしたカニ汁は2600杯!

2日連続でカニ汁の湯気にまみれる大鍋奉行
あちこちで「安房1000人鍋」に舌鼓

2日間の総来場者数は約3万人と主催者さんから発表されました。

写真展も約2000人以上の方々にご覧頂けて、本当に良かったです。

安房1000人鍋と写真展で集まったチャリティー募金59,041円は、全額イベント主催者を通じて被災地へ寄付させて頂きました。

アスカと安房なのはな隊、各々の代表が募金を寄付しました。
DJ KOUSAKUさんと

「まるグル」に参加させて頂き、改めて日本の素晴らしさを感じました。

震災直後に被災地で見た光景は、私達が住む同じ日本で起こった事とは思えないものでした。
津波で全てを失い、悲しみと絶望に支配された被災地。
しかし、全国から救援に集まった人同士が力を合わせ、汗にまみれながら被災者の方々と共に、明日への1歩を踏み出す努力をしています。
偶然にもこの時代に生まれた者同士。
その絆が地域や環境を超え、復興に向けて歩みを進め始めています。

その歩みを全身で感じる事が出来た2日間でした。

「まるグル」で安房1000人鍋と写真展(3)

初日(9日土曜日)は、朝からの雨が時間を追うごとに強くなり、午後に入ると横なぐり状態に・・。

しかし、会場には多くの来場者が来ています。

完全にオープンスペースだった為、雨をしのげないケータリングカーの出店者さん達は、かなり苦戦していた様です。

チャリティー参加とは言え、良い場所を頂いてしまい、チョッと心苦しく感じながら1000人分のカニ汁を配ります。

雨にもかかわらず長蛇の列

 

もちろん、写真展も大盛況。

実際に支援に行かれた方や、今年の夏休みを利用して支援計画を立てていらっしゃる方など、東日本大震災の被災地(被災者)に対する関心は高く、来場者さんから質問を受ける度に、被災地で知り合った方々の顔を思い出し、1人でも多くの人々が、被災者の心の支えになって頂きたいと願いながら、展示した写真説明を行いました。

1000人鍋の横には写真展ブースを設置

 

さて、1000人鍋の方ですが、用意した1000人前は約5時間で完配となるほどの盛況ぶりで、翌日の分を少し使って1200杯をお配りしました。

初日の来場者数の約半分の方が、安房1000人鍋を食べたことになります。
午後3時には、全ての材料が無くなり安房1000人鍋はクローズとなりましたが、雨にも関わらず、こんなに沢山の方に来て頂けると、スタッフのテンションも上がります。

Back Camera後片付けと翌日の準備を済ませ、車3台に分乗したスタッフ一行は、意気揚々と宿舎に向かいます。
途中、私と鍋奉行のT主任は、翌日分の水を調達するため、幕張市内にあるバイクショップ「オレンジカウンティー」さんに向かいました。
ショップの社長の亀田さんは、パリ~ダカールラリー(パリダカ)等、メジャーな海外ラリーにも出場経験を持つプロライダー。

千葉ライダーズベースの活動にも賛同し、活動支援している根っからのライダーさんで、被災地ではバイクを使った支援活動を積極的に展開した方です。
今回展示に使用したオフロードバイクも、亀田さんのショップで取り扱っているポルトガル製のAJP。
実際に被災地で活躍したもので、被災地活動での情報がフィードバックされ、随所に亀田さんオリジナルの工夫がされているレスキューバイクです。

会場では、AJPや個人装備の展示も行いました。

話はそれましたが、その亀田社長にお世話になり、無事に翌日分の水も確保完了。

さて、天気予報では10日は天気も回復するらしく、気温も上がる様です。
炎天下でアツアツのカニ汁は・・・? 一日中、1000人鍋をかき回していた為、全身からカニの香りを発している鍋奉行と共に、宿舎を目指しました。

「まるグル」で安房1000人鍋と写真展(2)

あぁ・・・・・・・。

6月9日(土)早朝。

目覚めと同時に、ついこんな言葉が。

天気予報通り、宿舎の窓の外は雨・雨・雨。
しかも本降り・・・

これまでの人生のイベント事は、数々の入学式、卒業式をはじめ、結婚式、新婚旅行等々、自分でも驚くほど雨に祟られる運命。

そしてこの日も・・・・

朝食もソコソコに宿舎を後にし、QVCマリンフィールドへ。

関係者用通用口から会場内に入ると、既に多くの出店者が準備をしており、まるでケータリングカーの展示会状態。
開店準備開始 雨の中、開店に向けて一生懸命準備しています。

私達は、主催者さんのご厚意で休場の通路を使わせて頂いたお陰で、雨に悩まされる事はありませんでした。

心配なのは来場者の数。

こんな天気で人が来るのだろうか?

厚い雨雲を横目に、全員で準備を進めます。

今回は、前日の8日から安房なのはな隊の北田さんが参加し、調理を担当してくださいました。

午前8時には、安房なのはな隊の中村隊長をはじめとする本隊が到着。

一気に準備が進みます。

開演は午前10時にも関わらず、午前9時の段階で既に大鍋の周囲には人が集まり始めています。

雨の中、たくさんの方々が来て下さいました!!

この安房1000人鍋は、本来は薪(廃材)での使用を想定して作られています。
災害等の緊急時、プロパンガスやコンロ等は当然調達不可能だからです。

しかし、今回は会場の状況から薪を使うことが出来ず、止むなくプロパンガスコンロを2台使うことになりました。

しかし、火力は薪にはかないません。
湯を沸かすにも、それなりに時間がかかります。

そこで秘密兵器の登場!!
湯沸かし用に準備してきた「灯油バーナーコンロ」の登場です。

昨年の震災直後、被災地で森林組合に所属するボランティアが持ち込んでいたもので、支援チームの調理から暖房に至るまで、命をつなぐ熱源として大活躍していました。
燃料は灯油。

緑の部分が燃料タンクになっていて、10ℓの灯油が入り、中火で24時間。全開燃焼で8時間連続使用できるスグレ物です。  ところでこの1000人鍋ですが、昨年9月に白浜のフラワーパークさんでアスカが開催したチャリティーバザーで1度使わせて頂いた経験があるだけで、今回の参加メンバーは全員初めての挑戦。

しかも前回は白浜の割烹旅館「清都」さんの板前さんが参加してくださったので、アスカ社員も安心して配膳したのえすが、さてさて今回は・・・。

問題は味付けの分量。
鍋が大き過ぎて、ダシや味噌の適量が皆目見当つきません。なのはな隊の北田さんの指示と、自分達の舌が頼り。
調理担当に当った社員は、まだお湯の段階から味見の連続で、開演前から未完成のカニ汁(?)で満腹状態。
塩分濃度が上がる度に、血圧を心配しながらも味の調整を続け、調理開始から約2時間が経過。
ついに 「大鍋奉行」の本社T主任と、「味見奉行」鴨川店のFさんのGOサインが出て、いよいよ安房1000人鍋初日の始まりです。

「まるグル」で安房1000人鍋と写真展(1)

弊社社長と個人的に関係のある、bayfmのパーソナリティーDJ KOUSAKUさん。
日頃から、環境問題や被災地支援にも力を尽くしている方です。

土曜のラジオ番組、「KOUSAKUのHEARTLUCK」は、被災地復興の為の支援番組。
そのDJ  KOUSAKUさんが、「美味しく食べて被災地支援」と銘打ち、開催したのが「まるグル」です。

まるグルのポスター
まるグルのポスター

全国からご当地B級グルメが集まり、様々なメニューを提供。

売上の一部は被災地に寄付されます。

アスカでは、予てから宮城県石巻市において支援活動を行っておりますが、今最も深刻な現地の問題である「人口流失」を食い止め、地域の空洞化を防ごうと、被災者の方々と協力し、被災地域の住環境整備作業やメンタルケア。様々な作業機材の提供など、安房地域のボランティア団体と力を合わせた活動を展開しています。

DJ KOUSAKUさんとは、以前にもアスカが実施した被災地支援写真展を通じてお話した事があり、しかも石巻市の同じ地域で活動していた事を知り、お互いにビックリ。

今回は、KOUSAKUさんとの話し合いから、写真展+安房1000人鍋を実施することになりました。

現場到着(2012年6月8日午後)

安房1000人鍋は、館山市の魚問屋である㈱東光の石川社長さんが、大災害時に市民の為にと、独自に製作した巨大な大鍋。

文字通り、1鍋で1000人分が賄える量の食材を調理出来る代物。

運ぶだけでも大変な大きさです。

フォークリフト無しでは車への積み下ろしもままならない大きさです。

本来は災害時に使用する為、薪を燃料としますが、今回は震災の影響で液状化が激しかった球場周辺を修復したばかり。

路面を傷めない為に、プロパンガスのコンロを使い、カニ汁を作る事になりました。

具材のカニ(初日はズワイガニ)は、東光さんから無償提供して頂き、食器や薬味は共同支援をしている、安房なのはな隊さん、千葉ライダーズベースさんからそれぞれ提供して頂きました。

何せ、2日間で2000人分のカニですから、その量も膨大。
連日、その日の分のカニを東光さんが保冷車で現場まで運んで下さいました。。

デカイっ!!

イベントでは水も自給自足。

水道は使えないので、20ℓのポリタンを軽トラに20本積み、幕張のバイクショップ「オレンジカウンティーさん」まで汲みに行きます。

1日400ℓの水調達もケッコウな仕事です。

8日(金)は、とにかく準備に追われ、アッという間に1日が終わりました。

機材セッティングや写真展の準備を終え、明日に備えます。

心配なのは天候・・。
雨になりそうな雲行きの夜空。
明日(9日)はどうなるのだろう・・・。

被災地支援活動 その3

高所作業も朝飯前!! 「安房なのはな隊さん」

 

支援活動2日目です。

作業の中心は瓦礫の撤去と樹木の伐採です。
初日に切り倒した大木を持ち運べるサイズに処理しながら、敷地一面に埋まっている瓦礫の撤去を同時進行で進めます。

伐採後の処理も大変です

 

安房なのはな隊さんが切り倒す樹木は、とにかく太いものばかり。
危険過ぎて素人には手出し出来ません。

この太さです。

 

重さにして2t以上はあるそうで、津波の影響で根元から1メートル位は空洞になっていました。
重作業を全てこなして頂いた安房なのはな隊さんには、被災者の皆さんはモチロン、同行させて頂いた私達も感謝感謝でした。

作業時間に限りのある被災地支援活動。
参加した皆さんが、各々仕事、家庭を持っています。
休みを利用し、たった2日間ですが僅かな時間を被災者の方々と共に過ごし、共に汗を流す。

ボランティアは究極の自己満足と言われます。

それで良いと思います。

東京から来た企業さんの社員ボランティア

 

樹木伐採作業をしている斜面から長塩谷を見下ろすと、地中に埋まった瓦礫を片付けている東京から来たボランティアさん達が見えました。

全く見ず知らずの若者達です。

たった数時間ですが共に汗を流しました。

私達も、彼らの存在がとても心強く、人の温かさを感じました。

千葉から数時間の時間を隔てた先には、友を必要としている人々が大勢います。

復興は始まったばかりです。

今、私達に出来ること。

1000年に1度と言われる大災害。

その国難に、同じ時代に生まれた者として、共に立ち向かうこと。

そして将来、この国の子孫たちは、きっとこう思う筈です。

「この国は温かい」と。

海を見つめるS氏の愛犬

被災地支援活動  その2

早朝鴨川を出発したボランティアチームが、目的地に到着したのは午後2時を過ぎていました。
マイクロバスを降り、作業着に着替えて直ぐに作業開始です。
瓦礫の撤去と並行して、アスカチームは地域の緑化作業。
安房なのはな隊さんは樹木の伐採作業に従事しました。

住宅が建ち並んでいた長塩谷

 

広大な土地を「ひまわり」で一杯にしたい 様々な支援者から贈られたひまわりの種を、数人で手分けして蒔きます。

横に根が張る雑草に阻まれ、なかなか土を耕せません。
しかも土中には、まだまだ陶器の破片やガラス、食器などの欠片(瓦礫)が数多く埋まっており、それを撤去しながらの作業です。

小型の園芸鍬を使っての作業

 

48ヘクタールの土地を花で一杯にしたい。

理由は、人口流失によって町(故郷)そのものを失いたくないからです。

周囲に多くの仮設住宅が建ち、住民は避難所から移動しています。
漁業と観光が主たる産業であった十三浜地区。
現在の状況では、特に観光産業の復活は相当な時間がかかるでしょう。
仕事と収入が途絶え、仮設住宅の中で不自由な日々を送る被災者は、新たな生活を求め、住み慣れた故郷から1人、また1人と離れているそうです。

故郷が消えてしまう。

支援先の長塩谷。

たった1棟だけ残った住居代わりの倉庫の中で、被災者のS氏は希望の灯を灯し続けています。

灯りが無ければここが町だった事など分からなくなる。
ここは私の、私の家族の、私の幼なじみ達の思い出が一杯詰まっている大切な場所なんです。
私まで居なくなればこの土地には誰も訪ねて来なくなります。
ここに花を植えることは、まだ人が住んでいるぞ!って伝える為なんですよ。
消してはならない灯りです。

S氏はそう話してくれました。

畝を作り、ひまわりの種を蒔きます

 

アスカチームが瓦礫撤去と畝作りに悪戦苦闘している頃、安房なのはな隊メンバーは、津波を被って立ち枯れてしまった樹木の伐採に取り掛かっていました。

実はプロ集団だった安房なのはな隊チーム

 

視界に入る周囲の木々。
その中には、赤茶色に変色した杉などの大木が数多く見られます。
今回はS氏の要請により、北側の斜面に立つ巨木を切り倒します。
今回参加した安房なのはな隊さんメンバーは、山仕事経験のあるベテラン揃い。
素人では到底不可能な伐採作業を、斜面の角度や木の特性なども計算した上で、テキパキ作業をこなして行きます。

高所作業も朝飯前

 

合理的でパワフルな作業に、作業を見ていた地元の方々からも、 うわ~ スゴイ!! と歓声が上がります。
前回の支援活動で伐採作業を経験しているアスカメンバーも加わって、重作業は薄暗くなるまで続きました。

2日目の模様は、次回ブログでご紹介します。

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