天理教の葬場詞

天理教では人の身体は神の借り物であるから、人の死とは、借り物の身体をお返しして出直すこととなります。天理教の儀式は神道儀式によく似ていますが、ここでは葬場詞を取り上げました。

経典

意訳

齋場に安置されている○○君(主=男子)(刀自=女子)の棺の前に、…慎み敬って申し上げます。

「あわれなる君よ、昨年の○時頃以来、体がすぐれず養生されていたのですが、

段々に病気が重くなって、親族や家族の方々も集まって悲しんでおられたが、

早く苦しみを救おうと、夜昼なく看病されていました。いつかは心が落ち着き、

回復される姿を見たいものと、親神に祈っておられたのですが、

この世には限りがあるのでしょう。○月○日、にわかに姿が見えなくなったように、

この世から出直されたことは悲しみにたえません。

あわれ今日からは君の言うことは聞こえなくなり、

明日からは君の姿を見ることが出来なくなり、

雨雲の空がにわかに暗くなるような気持ちがします。

まして妻子、親族、家族の人々は暗やみの中で灯を失うようであり、

また漂う船の舵取りがいなくなったように、憂いとまどい、言う言葉もないままに、

枕元にうろうろとし、足元に腹ばいになって悲しむ慕う、これも人の情の現われでしょう。

しかし現実の世はこういうものであるのならば、

今は教えの定めた式に従って葬儀式に仕えて奉らおうと、

前に酒、食事、山海の様々な物を捧げて、永き別れを告げ奉りますことに対して、

心が平和で安らかになるよう承知されて、この墓を千年の住居となされて、

末永く鎮まりませ」と恐れ多くも申し上げます。